「こんな小さいのが、ほんとにネズミを捕るようになるのかなぁ」
僕は半信半疑だった。
「猫というのは狩猟本能が強いのよ。これであなたの家のネズミは完全にいなくなるわ」
猫を飼うなんて夢にも思わなかった。
だけど考えてみれば、犬と猫が人間にとって最も近い動物であるのは、畑とその収穫物を守るために必要だったからなのだろう。犬はイノシシやヘビなどから畑を守るために、猫はネズミから収穫物を守るために必要だった。犬はかつて家の外を守り、猫は家の中を守った。
僕は愛玩動物を飼う気はまったくないけれど、相棒としてなら飼ってもいいかな、と思った。
小さな相棒には「カルバ」と名付けた。ベンバ語で「みなしご」という意味だ。
ところがこの相棒、ものすごく手がかかる。まだ小さいので、ご飯(やわらかく炊いた白米と小魚)は口元に持っていかないと食べないし、肛門を撫でてやらないと糞もしないのだ。
僕は猫を飼うのははじめてなので、とまどいの連続だった。はじめにとまどったのは、ずっと腹のあたりで「グルルルルル」という音が鳴っていることだった。腹が減っているのか、下痢なのか、それとも何かの病気なのか・・・。
ずっと心配していると、ちょうどうまいタイミングで、獣医をしている友達が家に遊びに来てくれた。
「こいつ、ずっと「グルルルルル」っていわせてるけど、何かの病気かな?」
真剣に相談すると、友達は笑った。
「これ、甘えてるのよ。「猫が喉を鳴らす」って聞いたことない?」
なんだそうだったのか・・・。僕はそんなことも知らなかった。
そんな相棒はふだん何をしているかというと、まだ薄暗い朝方に、「グルルルルル」と言いながら眠っている僕の腹の上に乗ってきて、噛みついて僕を起こす。僕は眠気眼をさすりつつ、彼女と自分の飯を炊く。ご飯を食べさせ、糞をさせる。生きるために必要なことをすませると、彼女は機嫌よく遊びはじめる。引っ掻けそうなものはすべて引っ掻き、噛めそうなものはすべて噛む。ジャンプできそうな高いところにはすべてジャンプし、入れそうな暗がりにはすべて入ってみる。そうやって自分の身体と外界との距離感を覚えているようだ。
しばらくすると彼女はすくすく育ち、家の中では我が物顔で歩きはじめた。だけど外に出すと、とたんにビビって椅子の下に縮こまってしまう。鶏の鳴き声に驚き、コオロギにさえ恐る恐る手を出して逃げられている始末だ。
「こんなのであのすばやいネズミを捕れるようになるのだろうか・・・」
たよりない相棒に僕の不安は募るばかりだ。
「もっと俊敏に動け!いいか、こうだ!」
と、僕はノロノロ歩いているコオロギにすばやく襲いかかって手本を見せる。いっぱしの猫として自分で餌を捕れるようになるように、これから厳しく育てよう。
朝早くにたたき起こされた僕は、鶏を放して餌をやり、自分の朝食を作る。それから30分ほどかけてコーヒーを飲むと、もう学校に行かなくてはいけない時間になる。
正直言って眠い。毎朝起こされるのはけっこう辛い。同じ布団で寝るのはもうやめようか・・・。
と思いつつ革靴を履いていたら、なんとカルバは気持ち良さそうに寝ているではないか!
「コノヤロー!はやくネズミを捕れ!」と腹の中で思いつつ、無防備な肉球を撫でて今日のところは許してやる。
この肉球が気持ちいいのだ。ずっと触っていても飽きない。
寝ているレディーの肉球をこっそり撫でるなんて、かなり趣味の悪いおじさんだけど、こればかりはやめられない。