えんじゅ

ジョーズ・コーナー

サリムさん

 複雑に入り組んだストーン・タウンの一角に、「ジョーズ・コーナー」という社交場のような場所があった。「ジョーズ」というのはあの映画のサメのことで、壁面に大きなサメの絵が描かれている。
 このジョーズ・コーナーでは、朝早くからたくさんの人が集まって、コーヒーを飲みながら雑談に興じたり、ゲームをしたりしている。酒を飲まないイスラム教徒の憩いの場なのかもしれない。
 ストーン・タウンの住民で、ジョーズ・コーナーを知らない人はいない。方向音痴の僕は、迷路のような町で道に迷うといつもジョーズ・コーナーの場所を聞いて戻ってきた。

 コーヒーを淹れてくれるサリムさんが渋かった。
 サリムさんは寡黙な人で、お客さんが右手を伸ばすと、「ウム」という顔つきでヤカンからカップにコーヒーを注ぐ。湯呑みのようなカップはとても小さいので、4杯も5杯もおかわりする人が多い。大きなカップを使わずに、小さなカップで何度もおかわりをするのは、アツアツのコーヒーを楽しむための習慣なのだろう。
 おかわりするときには、お客さんはカップをサリムさんに手渡す。するとサリムさんはまた「ウム」という顔をしてコーヒーを注ぐ。もうこれ以上飲まないよ、というときには、お客さんはカップを台の上に乗せて、飲んだ杯数だけ100シリング(約6円)コインを置いていく。サリムさんの隣に座って、このお決まりの、暗黙の流れを眺めているのが楽しかった。
 僕はどこの国を旅しても、町角に座ってお茶を飲む時間が一番好きだ。熱いお茶を受け取って「アッチッチ」、こぼれそうになって「オットット」の時間をたまらなく愛している。
 
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ストーン・タウンの町角

学校帰りのムスリム少年

 ランブータンに深く満足した後、カメラを持ってストーン・タウンを少し歩いてみた。
 ストーン・タウンは名前のとおり、珊瑚石で出来た家々が立ち並ぶ町並みで、世界文化遺産に登録されている。かつてアラビア半島のオマーン帝国がザンジバルを統治して奴隷貿易を行っていた時代に、アラブの商人たちが移り住んだ町らしい。迷路のように入り組んでいるのは、メディナと呼ばれるアラブの町並みの特徴なのだろう。
 あてなくグルグル歩いていると、さっき挨拶した人にまた出会う、ということが何度もあった。そんなときには、お互いちょっと苦笑いしてまた「マンボ!」と挨拶するのだった。
 
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ランブータンが実る季節

果物市場のランブータン

 ザンジバルに着いて、まったく予期していなかった幸せな出会いがあった。なんと、ランブータンを発見したのだ。
 ランブータンは東南アジアやインドでよく見かける果物だ。毛のような繊維がついた皮を剥くと、ライチにとてもよく似た実が入っている。見た目はちょっとコワモテだけど、中の実はプルプルしていてかわいらしい。果実界きってのツンデレなのだ。
 もともと「ランブータン」という名前も「毛のついた果物」という意味らしい。国によっては、中国風に「ライチ」とか英語風に「リッチー」と呼ばれている。
 大好きな南国の果物の1つなので、ザンビアに来たときももしかしたら食べられるかもしれない、と期待していた。ところが残念ながら、ザンビアでは1度も見かけたことがなく、いつしか1年半が経った。だからタンザニアを旅するときも、ランブータンのことは頭からすっかり消えていた。
 だけど、インドからの貿易風を受けてきたザンジバル。果実が海を渡ってきていてもぜんぜん不思議じゃないのだ。
 
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珊瑚の島

ザンジバルの海に浮かぶ漁師

 ダル・エス・サラームから大きなフェリーでザンジバルに渡った。
 後に島の人に教えてもらったことだけれど、「ザンジバル」というのは、正確には島の名前ではなくて行政自治区の名前らしい。もともとザンジバルは、大陸側のタンガニーカとは別の国だった。1964年、ザンビアがイギリスから独立したのと同じ年に、ザンジバルとタンガニーカが合併してタンザニアとなった。その後もザンジバル政府は強い自治権を持っている。自治区は有名な世界遺産ストーン・タウンがあるウングジャ島と、50kmほど北に位置するペンバ島の2つの島から成る。
 驚くことに、タンザニア本土からザンジバルに入るとき、イミグレーションと税関があった。僕は公用パスポート(青年海外協力隊員は個人パスポートではなくて、日本政府の公用パスポートを支給されている)を提示しただけで、入境料も課されなかったけれど。そういえば、タンザニア入国時も公用パスポートでビザ代を免除された。
 
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南国のコントラスト

魚市場の競り

 ザンジバルに渡るためにフェリー乗り場に行くと、昼の便までにはまだだいぶ時間があった。近くにめぼしい場所はないかなと思って本屋で買った地図をひろげると、ザックを背負って歩いていける距離に魚市場を見つけた。さっそく覗きに行ってみることにした。
 
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