クワイヤと歩んで
2014年01月08日 水曜日
カゴンガ村にある小さな教会のクワイヤ(聖歌隊)と出会ったのは、2年前にザンビアに来て間もないころだった。
日曜日の礼拝のために、輪になって歌の練習をしている風景がいいなぁと思って、何度か練習を見学させてもらった。農作業を終えた人、野菜売りを終えた人、大工仕事を終えた人、家具工場の仕事を終えた人、学校の授業を終えた人。車椅子の人、盲の人も、みんなが輪になって歌っていた。
練習に見に通っているうちにいろいろと話を聞いて、カゴンガは政府が作った障害者の村だということ、彼らが歌っている歌はゴスペルと呼ばれていることを知った。
しばらくして、彼らが歌うゴスペルの音楽アルバムを製作しようという話になった。クワイヤのメンバーは、子どもを学校に通わせられないくらい、とにかく貧しい人が多かった。できるだけ元手のかからない方法で少しでも収入になればと、このプロジェクトを始めた。
録音と撮影のために、家庭用の小さなビデオ・カメラを買った。ビデオ・カメラを使うのは、僕にとってはじめてのことだった。
静かな場所で録音するために、遠く離れた農家の家を借りて録音した。録音した音をみんなでチェックして、少しでも雑音が入っているとまた歌い直した。窓もカーテンも締め切り、何度も何度も録音した。8曲を録音し終えたときには、みんな大粒の汗をかいていた。
録音が終わると、映像の撮影に入った。ザンビアの音楽アルバムは音楽だけでなく、映像がついたVCD(ビデオ・コンパクト・ディスク)やDVDが一般的だ。ゴスペルは踊りなしには歌えない歌だからなのだろう。
撮影も、何もかもがはじめてだった。戸惑いながら、そのたびにアイデアを出しながら撮影を進めた。
撮影時にはみんな一張羅のスーツを借りてきたり、それを着回したりしたのだけれど、尻に穴が開いていたりチャックが壊れていたりして笑った。
できるだけ多様な映像を撮るために、いろんな場所に出かけていった。教会、川、丘、農場。夏の暑い最中に汗だくになりながら、かなり長い道を一緒に歩いた。そのときに撮った、メンバーが笑いながら歩いている写真が、アルバムのジャケットの裏表紙になった。
録音した音と撮影した映像を組み合わせる編集作業は、作曲者であるゴドフレイと僕とでやった。彼は障害者家具工場での仕事が終わると、車椅子で僕の家に通ってきた。他のメンバーも入れ替わり立ち替わり、いろんなメンバーが僕の家に編集の様子を見にきた。
最後の編集が終わったとき、ゴドフレイは目に涙をためた。それから、彼がかつてミュージシャンを目指していたことを話してくれた。自分が作曲した音楽が、テープという形になる日を、彼は幼いころから夢見てきた。
いつか僕らのゴスペル・アルバムが市場に出る日を思い浮かべながらやってきた。
だけど市場に出すのは、思っていたよりも大変なことだった。ザンビア音楽著作権協会(ZAMCOPS)に著作権を登録し、市場での販売許可をもらうために、何度もキトウェという町に通った。最初は門前払いされて、ZAMCOPSが指定するスタジオで録音・撮影したものでない限り、市場で音楽を販売する許可は出せないと言われた。
諦めそうになりながら、何度もスタジオにお願いに通っているうちに、アイゼックという技術者と出会った。彼がZAMCOPSにレターを書いてくれて、ようやく販売許可が下りた。
ダビングとジャケットの印刷のための資金をかせぐのも大変だった。ちょうど乾季が始まった時期、メンバーで何度もメイズの収穫のアルバイトに通った。僕が自分のパソコンでダビングをすることもできたけれど、僕が村を離れたときのために、それはしないことにした。アルバイトの収入が入ると、そのたびにダビングに通った。
最初のロットは、わずかに50枚だった。ダビングとジャケットの印刷には、1枚あたり15クワチャ(約285円)かかる。だから50枚以上刷ることはできなかった。
1枚30クワチャ(約570円)で、教会のメンバーに買ってもらった。最初のロット50枚は、すぐに売り切ることができた。
徐々に販売ルートを広げて、これまで150枚のアルバムを売ることができた。純利益は2,250クワチャ(42,750円)。この利益はまた次のダビングのために使おう、とメンバーが言ってくれたときはうれしかった。
最後の日曜礼拝のとき、クワイヤのメンバーは、アルバムの中から'Alanchingilila'、'Nshakatelentenshiwe'、'Nawakuwananga'の3曲を歌ってくれた。ふだんアルバムの中の曲を礼拝で歌うことはないので、僕への餞けだということはすぐにわかった。その歌声を聴いているうちに、クワイヤとともに歩んだ日々が頭の中を駆け巡り、胸が熱くなった。
カゴンガを離れる前日に、クワイヤが小さな送別会を開いてくれた。場所は彼らとはじめて出会った、教会のそばの空き地だった。平日にも関わらず、仕事帰りにメンバーが集まってくれた。来られなかったメンバーはメッセージを寄せてくれた。
クワイヤから、ザンビア・カラーのニット・キャップ、マフラー、ザンビア代表のユニフォーム、国旗のチテンゲと、全身ザンビア尽くめの餞別をもらった。歌を贈ってくれただけで十分だったのだけど、この餞別を買うために、アルバムの売り上げを使ったということだった。
カゴンガ村の教会のクワイヤ、カゴンガ・セント・マークスと出会い、彼らの人柄と歌声に触れられたことは、僕にとってかけがえのない思い出になった。
ザンビアを訪れたら、ぜひ生のゴスペルを聞いてほしいと思う。だけどそのために、わざわざカゴンガ村を訪れる必要はない。ザンビア中の教会で、毎週日曜日のミサや礼拝で、その教会のクワイヤが歌っているからだ。
なんでもないふつうの黒人が奏でる美しい声のアンサンブル、ゴスペル―祈りの歌―を。