大根のぬか漬け
もうずいぶん前の話だけど、備忘録として書いておこうと思う。
寒さが厳しかった冬が終わり、ようやく日増しに暖かくなってきた時期のこと。野菜農家の友達と話をしていて、こんなことをこぼしたことがあった。
「暖かくなってくると、大根が辛くなってくるんよね。ぬか漬けにするとイガイガしちゃって。旬のカブがほしいなぁ」
すると翌日彼は家にやって来て、穫れたてのカブをたくさん置いていってくれた。「いつも野菜買ってもらってるんで」と、代金も受け取ってくれなかった。なんというカッコいい男!さっそくカブはぬか漬けにした。彼のカブは甘味があってとてもおいしい。
ところで、そのことをきっかけに、改めて大根とぬか漬けについて調べてみた。するとびっくりするようなことがわかった。
冬の寒い時期の大根は甘い。冬野菜は寒いと栄養を蓄えて甘味が増す。ぬか漬けにすると、大根の甘味にぬか床の酸味がよく合う。一方、暖かい時期の大根は辛味が強い。そしてこの夏大根の辛味は、実はぬか床の大敵なのだという。
ぬか床の中にはたくさんの微生物が生きているけれど、その中でもっとも重要な菌は乳酸菌だ。ぬか床の生命線であるこの乳酸菌を、強い殺菌作用を持つ大根の辛味成分が壊してしまうのだそうだ。その結果ぬか床の元気がなくなって、他の野菜を漬けても深みのない味になってしまう。
辛い夏大根は、大根おろしなどにして食べるといいようだ。特に食中毒が起きやすい夏場には、強い殺菌成分を持つ辛い大根おろしはぴったりなのだ。
ぬか漬けの名人にとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、旬の野菜ならなんでもかんでも漬けてきた僕にとっては衝撃の事実だった。
辛味の強い夏大根はぬか漬けにしてもあまりおいしくない。そして同時にぬか床にもダメージを与えてしまう。人間の味覚とぬか床の健康との不思議な関係に僕は感心したのだった。