えんじゅ

彼らのふるさと

学校の子どもたち

 「どこか行きたいところある?」

 と、モシが聞いてくれた。そう言われても、このムクワジュニという町のことを、僕は何も知らない。どこか行きたいところ・・・。

 「学校に行ってみたいな」

 と、僕は答えた。
 外国を旅するときには、その国の学校を訪れるのをいつも楽しみにしている。子どもたちがどんなことを勉強しているのかも興味があるし、その国の大人が子どもに何を教えようとしているのかも興味がある。

 「近くに、昔私が通っていた小学校があるわ。行ってみよう」

 と、ドゥーディが言った。
 訪れた学校は、ムスリムの小学校だった。男の子は白いシャツに青いズボン、女の子はヒジャブにスカートというのが制服で、足元はみんなサンダルだった。
 外国人がとても珍しいのだろう。僕のまわりに次々に子どもたちが集まってきて、僕の肌に触ったり髪を引っ張ったりしては甲高い声を上げていた。
 
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地図の誘い

ヤム

 いつか帰る日も決まっていない旅ができたら、そのときは地図のない旅、というのをやってみたい。地図を持たずに身1つで歩く旅。そこに何があるかを知っていて歩くのと、何があるか知らずに歩くのでは、きっと見える景色がまったく違うだろうと思う。
 だけどまだそんな時間も勇気も持てずにいる僕は、新しい町に入るとまず本屋に寄って地図を買う。気に入った地図を見つけると、それだけで胸が弾む。宿に戻るといつも地図ばかり眺めている。地形を見て翌日に行く場所を考えたり、風変わりな地名に心を惹かれたり。地図を眺めていると、胸がざわざわと波立つ。
 
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同じ皿の飯を食う

モシとドゥーディ

 モシの友達はドゥーディという名前で、モシと同じく学校教員になるために教育実習をしている女の子だった。ダラジャーニからダルダルで1時間半くらい走ったところ、島の北部にあるムクワジュニという町で、ドゥーディは家族と一緒に暮らしていた。
 彼女たちは教員養成校(日本でいう教職課程)で同じクラスだったときに仲良くなったらしい。ふたりでいると、いつも楽しそうに世間話に花を咲かせていた。
 ダルダルでの道中、モシは真っ黒なブイブイ(チャードル)を身にまとっていたのだけど、ドゥーディの家に着くとわざわざ持参したオレンジ色のヒジャブに着替えた。イスラム教徒の女性にとって、ブイブイはよそ行き服で、ヒジャブは普段着なのだ。
 
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1日が始まる時刻

スワヒリ時間

 モシとハリジャンに会った次の日、モシの友達のところに一緒にあそびにいこうということになっていた。ダラジャーニ(ストーン・タウン)からダルダル(小さなバス)に乗って北に1時間半ほど行ったところに、その友達は住んでいるという。
 待ち合わせの時刻を決めていなかったので、前夜モシに電話した。
 朝9時頃にダラジャーニのラマディさんのお店で待ち合わせにしよう、と僕が提案すると、モシはそれでは遅すぎるという。

 「4時にはダラジャーニを出たいの。そうすれば向こうでゆっくりして、暗くなる前に帰ってこられるでしょ」

 耳を疑った。4時?何を言ってるのだろう?

 「4時なんて、そんな時間にバス動いてるの?」

 「もちろん動いてるわ」
 
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東アフリカのビール

東アフリカのビール

 トゥングーからダラジャーニ(ストーン・タウン)に帰ってきたとき、まっすぐ宿に戻りたくない気分だった。いい家族に出会えて、しみじみとした気分になっていた。ちょっと酒を飲んでから帰ろうと思った。
 タンザニアに入ってから、酒はまったく口にしていなかった。特にムスリムが多いザンジバルでは酒を飲めるところは少ないし、飲みたいとも思わなかった。
 だけどこの夜、ラマディさんの食堂で夕食を食べた後、僕は酒を飲むために宿の近くにあるインド料理店に入った。
 本来は、インドの料理店ではまず酒を飲めない。ヒンドゥー教徒もイスラム教徒と同じように、公の場では酒を飲まない。敬虔なヒンドゥー教徒は、酒を飲んでいる客がいるとその店に入るのをためらうくらいだ。だから酒を飲めるインド料理店というのは観光客向けの料理店だ。
 それでも今夜は酒を飲もうと心に決めていた僕は、どうせなら「明日からもうビールを飲めないとしたら、そしてそのとき東アフリカにいたとすれば、今夜最後に飲むべきビールはどれか」という自己満足命題に挑もうと思った。
 
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